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童話なんぞ5[児童書]

「キリンさん」
僕は絵が苦手だ。
 鉛筆でもクレヨンでも筆でも、線がフニャフニャする。
 丸を描くとつながらないし、四角は角が増えて四角にならない。
 絵を描く時間は嫌いだ。
 今日は、皆で動物の絵を描く事になった。
 「おれ、ライオン。」
 「わたしは、パンダ。」
 隅っこでボーっと眺めていると、皆の顔が動物園の動物に見えてきた。
 「ねえ。」
 急に声をかけられて思わずお尻だけで跳ね上がる。
 「なに?キリン…さん?」
 服を着たキリンが横に座っている。
 キリンさんはクスクス笑いながら言った。
 「君は何を描くの?」
 「えーっと、僕は絵が苦手だから色を塗ろうかと思うんだ。」
 適当に思いつきで話すと、動物の群れが一斉にこっちを見た。
 ものすごい迫力だ。それでいて皆が自分で描いた動物に変身しているからヘンテコなやつも混ざっている。
 「色はもう塗ってある。」
 「君も動物を描け。」
 おそらくゾウだろうと思われるやたらと鼻の長い鼠色のやつと、こちらはもう見た事もない生き物が命令してきた。
 「じゃあ、何描いたらいいの?」
 勇気を出して聞いてみると、キリンさんが耳元で囁いてくる。
 「あなたも、キリンを描けば?」
 「そうだね。君を見ながら描けば上手に描けそうだし…。」
 動物の群れを掻き分けて大きな画用紙に向かう。
 動物たちの荒い息遣いと動物園の匂いで気持ちが悪くなる。
 「早く描け。」
 「何を描くんだ?」
 今度は、ゴリラであろう真っ黒のぬいぐるみみたいなやつと卵らしき物を温めている鳥がせかしてくる。
 卵の中身が妙に気になるが聞く気にはなれない。
「キリン…描こうかな…。」
 そう言って、落ちていたクレヨンを持って一気に描いた。
 僕のこれまでの人生の中で最悪の出来の真っ赤なキリンが目の前に現れた。
そして、次の瞬間最も恐れていた事が起こった。痛いくらいに首が伸び始め、視界が300度位に広がった。
「ははー。」皆がひざまずく。
「あれ?僕は何?」
「神様が現れたー!」
さっきの偉そうなゾウも、口をずっと開けているライオンも、皆が何かすがるような目で僕を見ている。
「ねえ。」
「ヒッヒーン!」
また急に話しかけられ、焦って馬の泣き声を出してしまった。そもそもキリンの泣き声何か僕は知らない。声の主は、横を見なくてもしっかり見えている。さっきのキリンさんだ。
「どうしたの?」僕が聞くと、
「ここにキリンは私達だけみたいね。」
妙にクネクネしながらにじり寄ってくる。
「はっきりとは分からないけど見た感じはそうだね。僕らだけだ。」
するとキリンさんは大声で叫んだ。
「願い事を叶えてもらいたい者は一列に並ぶのじゃー!」
不思議な世界についていけていないのは僕だけの様だ。皆一目散に僕の前に並んだ。
「あなた。お願いします。」
キリンさんは静かに斜め後ろの視界の外に消えた。
「あなたって何?」の質問を遮るように、
「神様!私は歯の無いライオンなんです。私に強靭な歯をください!」
さっきから口がずっと空いているライオンが涙とよだれを流しながら叫んだ。
確かに、歯のないライオンは困るだろうな。獲物をとる事も、食べる事も出来ないのだ。でも、僕の嫌いな歯磨きをする必要が無いのは嬉しい事かもしれない。
その時、
「ライオンに歯を与えないでください!」
茶色の不思議な生き物が叫んだ。
「ライオンに歯を与えると、私達を襲うはずです!」
鹿か何か分からない生き物にライオンが吠えた。
「ハオー!」
歯がないのでガオーッとはいかないが気持ちは十分に伝わった。
「皆の周!お下がりなさい!」
キリンさんが再び登場。時代が古くなっていく事に何ら疑問を抱かせない。
「さあ、あなた。ライオンの願いはどうするの。」
歯はあげたいけど、誰かを襲うのは困る。
「ライオンよ。誰も襲わない事を約束出来るか?」少し偉そうになったことをすぐに反省した。
「はい、神様。私は誰も襲いません。」
「では、お前に歯を与えよう。」
ここまでは良かったがこの先はどうなるのだろう。<うーん>とか<えーい>とかで歯が生えてくるのだろうか。ライオンは目を閉じて口を開けている。
もうどうにでもなれとやけくそで呪文を唱える。
「そいそいそいそい。ふいふいふいふい。」
するとどうだろう。ライオンの口が光に包まれていく。
「歯が!歯が生えてきた―!」
光の中から現れたのは鋭いとは程遠い丸みを帯びた歪な、まるで石ころの様な歯だった。
「さすが神様!」
皆が口々に叫んだ。
とてもいい気分だ。ライオンの口の中は余計におかしくなったけど本人も喜んでいる。
そこからは順調だった。
羽の開かない鳥や、口を描き忘れたであろうリス。次から次へと僕は皆の願いを叶えていった。キリンさんも大喜び。願いを叶える度にそっと手を握ってくる。
「次は誰じゃ?」
絶好調の僕が声を上げると、やたらとリアルなサルが目の前に立っている。
「お前の願いは?」
サルはゆっくりと口を開いた。
「さぁ、片付けして給食の準備!」
何をぬかすかこのサルがと思っていたら、カレーの何とも言えない良い匂いが敏感になった嗅覚を襲った。
匂いにつられてぞろぞろと教室を出る。
その瞬間、いつもの自分に戻っていた。給食当番の僕は急いで画用紙を片付ける。
真っ赤な気持ちの悪いキリンが真ん中にデカデカと描かれている。
バタバタと給食の準備をする皆を呼びとめて、何を描いたのか聞いて回る。
ライオンはクラス一のヤンチャっ子。リアルなサルはやっぱり先生。そして…一番気になるキリンさんは…。隣の席の吉田さんだった。
彼女が何だかモジモジするので僕もつられてモジモジした。
なぜか気になって彼女にはカレーを溢れんばかりについであげた。でも彼女は全く食べ切れずに途中で泣き出してしまった。 
動物園の絵はしばらく教室に飾られる事になった。
誰もあの時の事について話さないし、僕も聞いたりしない。ただ、僕の描いた神様のキリンは堂々とそして不思議なオーラを放ちながら今日も教室を彩っている。


クスッと。
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by chocolate_chiffon | 2011-09-11 03:16 | 絵本
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